フランシスコ・
ハポン
(コルドバの日本人奴隷)
パラグアイ
(イエズズ会村)
南ブラジル

(南大河州)
ボリヴイァ東部
(サンタクルス&ベニ
アルゼンティン
(ミショネス&コルドバ)

福岡庄太郎
(ラプラタの柔術王) 
南米の音楽
ようこそ私の南米ヒップスター達の比較文化研究のホームページへ
                               
                   
どうして南米ではあんなに若いヒップスター達が活躍できたたんだろうか?


 
16世紀末に南米大陸内部のコルドバに日本人の奴隷が売られていた。同じ頃イエズス会の原始共産主義的キリスト共和国の世界が南米4カ国に広がりつつあった。
 こんな信じられないような事実あった事を貴方はご存じですか。

 19世紀のパラグアイが起こした無謀な三国戦争。スイス人植物学者
モイセス・S・ベルトーニ博士の登場は敗戦から立ち上がろうとしていたパラグアイ人に大きな力を与えた。その半世紀後、南米に登場したラプラタの柔術王
福岡庄太郎はアスンシオンに、
コンデコマはベレンに辿り着いていた。

 
1899年亡移民と呼ばれアリコマ峠からボリヴィア奥アマゾンに定着したチリンゲーロと呼ばれた日本人移民達たちがいた。彼らの伴主は奥アマゾンの天然ゴム王ニコラス・スワーレスだった。ドミニカ奥アマゾンに広がるベニ、パンド州の理想郷が今も存在するプエルト・エスペランサの巨大な滝の周辺に建設された日本人達のコロニア。山岸新作(コルドバ)と新垣庸英(サンタクルス)という二人の日本人青年のアリコマ峠以降につい追求しました。

 その中でも
滋賀県出身の若者が集団でアリコマ峠を越え、ボリヴィア・アマゾンに入った事は特記に値します。

 
私がこの24年間図書館人として歩いてきたボリヴィア、パラグアイ、アルゼンティン、ブラジルの魅力あるヒップな男達の生き方をまとめてみました。何故、こんな凄烈な生き様ができたのでしょうか。

  男達は南米の風の色がどのように映っていたのか?さあ、素晴らしいヒップスター達の生きざまを眺めてみましょう。         



南米の風の色
自己紹介 窓からカリブが見える

                 
                        


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写真:ボリヴィア・サンタクルス州サマイパタ.の村の郊外の遺跡が世界遺産に指定された。パラグアイ、南ブラジルなどから恒にグアラニー族がインカ帝國に進入しょうとしたため、インカ皇帝は此の地に巨大な砦を建設した。この不思議な砦はUFOの基地だとか、ミステリアスな推測が流れた。サマイパタとはケチュア語で休憩をする場所の意味で,インカ帝國に低地の淵に位置する重要な場所である。標高1800Mの風景絶景な高原地帯。岡山県出身の浅野さん達日本人達が高原野菜、花卉栽培など行ってしている。
 近くのバージェ・グランデにはあのチエ・ゲバラが一時ゲリラ基地を置き、サマイ・パタも征服された事がある。イスパノ・グアラニー文化とケチュア文化た接触した珍しい土地。私の好き南米の土地ベスト5の一つ。この村の上に吹き渡る風はどんな色をしているのか。ロバの背に揺れながら山から下りてきた老人の背中に澄んだ風がとおりすぎていく。

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